「領域を意識する」(7) † 信仰の領域を選ぶ。 信仰の領域とは、神の支配する領域に入るということである。「それでモーセは民に言った。「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行なわれる主の救いを見な
「領域を意識する」(6)
「領域を意識する」(6) † 今より高い領域へ。 「真理は驚きである」この言葉に捕らえられ生きている。その真理に驚き(驚愕)することで、真実に私のもの(財産)となる。神に召された、その時から、私達は神の領域に生きる者にさ
「領域を意識する」(5)
「領域を意識する」(5) † 領域がゼロになる。 大きな教訓を得たのは、車に欠かせないバッテリーからだった。いつもの車が、電池切れで始動しない。それで、ブースターケーブルで、他の車を通してエンジンを始動させた。普通はこれ
「領域を意識する」(4)
「領域を意識する」(4) † 熱いのか、冷たいのか? 熱い、冷たい、には区切りがある。領域が違うことを意味している。この区別がつかない「生ぬるい」と言う領域がある。「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷た
「領域を意識する」(3)
「領域を意識する」(3) † 来なさい。 イエスの招きは「私について来なさい」マタイ4・19)ということが本命である。信仰は主イエスに倣い、従う事だからである。このように主イエスについて行く信仰が、健全な私達の領域である
「領域を意識する」(2)
「領域を意識する」(2) † まことの自由奔放。 私達は神の子供である。と言う観点から見ると、罪と世の桎梏(シッコク)からの自由が思い浮かぶ。自由とはあらゆる束縛からの解放である。奔放とは、どういうことか?一般的な意味
「領域を意識する」(1)
「領域を意識する」(1) † 残溝(コウ)が少ない。 自動車のタイヤには縦横の溝がある。長く車を使い続けると、当然ながら、タイヤが摩耗して、その溝が浅くなる。タイヤの大きさにもよるが8ミリの溝がある。前輪の溝が4ミリにな
「入れ換える」(7)
「入れ換える」(7) † 換えた生き方。 変わったでも、代わったでも、替わったでもない生き方が、換えらた生き方だと思う。元に戻れない「入れ換え」がされてしまった。という意味で、とてつもなく喜ばしいことなのである。これは「
「入れ換える」(6)
「入れ換える」(6) † キリストの花嫁。 花嫁になるには、一人の夫となる花婿のために、添い遂げる覚悟が出来ていること。即ち、夫以外の愛の対象を排除し、潔く備えることである。花嫁が、これを堅苦しいと感じるようならば、結婚
「入れ換える」(5)
入れ換わり(5) † 神の神聖に置き換わる。 神の質と人間の質は同じではない。私達は主なる神に圧倒的に愛されているのだが、神の質と同じになる事ではない。神の子とされる特権を持っているが、神と私には明確な「質的差」がある